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SATELLITE☆S
恋のベクトルは、素敵な星たちをめざしてる。 

 降っても晴れても

 朝、目覚めて、鏡を見たり、お茶を飲んだりする何気ないひととき。特に何か特別に楽しいことがあるわけではありません。それでも、聖子さんは笑顔で一杯。なぜなら、彼氏のことを思っているだけとても楽しいから。夜になって、雨が降ってきたときでも、それは同じです。天気の良い日も悪い日も、彼氏に会えるときも会えないときも、いつも彼氏のことを思っているだけで幸せなのです。

 恋愛中の幸せ一杯の気分がよく出ている曲です。年齢に応じて、これまでの失恋ソング中心の歌い方から、本格的なラブソングを歌っていこうという意気込みが感じられます。「恋をするなら」も同じようなテーマの曲ですが、この曲のほうが落ち着いた雰囲気があります。

 このアルバムを買ったとき、それまで出したシングルの寄せ集めではないかと思い、それほど期待していませんでした。でも、最初の二曲を聴いたあと、それは、大変な思い違いであることがわかりました。

 カーステレオやポータブルCDなどを聴きながら出勤する人は、この曲を朝一番に聴くと元気が出てくるのではないでしょうか。(2000年)

  妻と出会ってから、もう十数年たつ。今日までのあいだ、一瞬でも妻のことを忘れたことはなかった。妻が精神病院に入院したときも、私が精神病院に入院したときも、それは変わらなかった。会えなかったときほど相手を思う気持ちが強かった。降っても晴れても、いつも心は一緒にいた。結婚する前は、何十年も暮らすことになったら、だんだん恋する気持ちが小さくなってしまうのかもと思っていたが、そんなことはなかった。

 天気のよい日も悪い日も恋する心は変わらないのだから、いつでも穏やかな心で、幸せを感じていたい。(2005年)

 

スピード

 今度の聖子さんの恋は、まるで彼とふたりで車を猛スピードで走らせているみたいです。聖子さんは、すごいスピードで彼氏の車に追いたてられます。聖子さんも、昔の失恋を思い出して少し怖いのですが、その気持ちを振り切って、アクセルを踏み込みます。いまなら、彼がどんなに飛ばしても、一緒について行けそうです。

 スピード感が命の曲ですが、まず、聖子さん作曲のメロディーが、感じを出しています。どうしたらこんなスピード感が出るメロディーが作れるのか、音楽に素人の私には全くわかりません。また歌のほうも、曲に負けず、ぐいぐい飛ばして歌っています。少しきついところも、がんばって歌っています。

 「夕映えを追いぬいて」と比べて、どちらがスピード感が出ているでしょうか。私は、この曲の方にスピード感を感じます。「夕映えを追いぬいて」は、具体的な情景の描写ですので、スピード感は、現実味のある程度に意図的に押さえられています。それに対して「スピード」は、イメージの世界ですから、いくらでもスピード感を出せるわけです。

 こういった曲を聴きながら運転していると、ついスピードを出しすぎてしまいそうですが、実際には、そんなに出るものではありません。無理せず、快適な運転をしようとする神経が働くからです。本当に怖いのは、のめりこんでしまうタイプの曲です。曲の世界に引きずりこまれているうちに、知らず知らずアクセルを踏みすぎていたという場合があります。私の場合は、「悲しいだけの二人じゃなくて」を聴いているときに、スピードを出しすぎて、危ない目にあいました。みなさん安全運転を心がけましょう。

 

VOICE

 聖子さんは、スポーツの選手。厳しいトレーニングに挫けてしまいそうです。そのとき、「まだ走れる」というコーチでもある彼氏の言葉が胸によみがえります。その言葉を信じて、再び走り出す聖子さん。もうすぐ、きっと彼氏から誉めてもらえる日がくる。あと少しだけがんばろうと聖子さんは誓います。

 スポ根+ラブソングという、変な曲です。「アタックNo.1」とか「エースをねらえ!」の世界です。正直いって、私はついて行けません。女子サッカーのチームとのタイアップということで、仕方がないんでしょうが、もっとましなタイアップ先はなかったのでしょうか。

 この曲は、聖子さん作曲なんですが、歌のほうも、がんばりすぎていると思います。もっと、安定した音域で歌ったほうが良かったと思います。そんなに気張って歌ってみても、うまくいかないって。もう少しリラックスしていこうよ、と言いたくなります。

 この曲はシングルとして発表されましたが、どう考えても、カップリングの「恋をするなら」の方がはるかに出来がいいと思っていました。すると、やっぱり、「恋をするなら」の方に、もっといいヤクルトのタイアップがついて、人気が出て、聖子さんも、何回か人気歌番組にテレビ出演することができました。あの時は私も、世の中の人は、やっぱりいい曲は評価してくれるんだと思いました。

 ところで、この曲で見逃してはいけないのは、シングルのジャケットの裏側の写真です。聖子さんのスレンダーな体型がとても魅力的です。ヘソをあちこちで見せびらかしていたのも、ちょうどこのころ。この写真でも写ってはいませんが、ヘソを出しています。何回もしつこくいいますが、聖子さんの体型は、結婚前の私の妻の体型にそっくりなんです。でも、私の妻は、聖子さんより、はるかに出っ歯でして、笑うと獅子舞みたいなんです。

 

さよならがおしえてくれる

 深夜の街角を、聖子さんは、恋人と二人きりで歩いていました。街路樹が風に揺れ、星がきらめく夜、二人の歩く足音だけが、だれもいない街角に響きます。でも、二人が一緒にいるのもこれが最後、もう二度と約束をすることもありません。聖子さんの心は、大好きな彼と別れたくない気持ちで一杯。彼との思い出の数々、彼に恋したときの思い出が心によぎります。しかし、聖子さんは、別れてゆく運命を真正面から受け止めようと心に言い聞かせ、胸が苦しみで痛くなりながらも、彼との最後の時間を笑顔のままで過ごします。どんなにつらくても、きっと、いつかこの悲しみを乗り越えていこう決意しながら。

 恋人との別れの悲しみを、感情に溺れてしまうことなく、強くまっすぐに歌い上げた曲。切ないながらも力強い聖子さんの歌声が魅力です。こういう歌をしっかりと歌えることに、それまでの聖子さんとは一味違った、女性として一歩成長した姿を感じます。とくに切なさがこみ上げてくるのが、聖子さんが、初めて彼に出会って恋をした場面の描写です。そのときの情景や、聖子さんの気持ちがくっきり浮かび上がってきます。西脇唯さんの歌詞の中でも、最も美しい場面ではないでしょうか。そして、それを歌う聖子さんの歌声があまりにも生々しく、聴いていると、この一節だけで、胸が一杯になってしまいます。

 この曲を最後に、聖子さんは、それまで安住の地であった西脇唯さん、間瀬憲治さんの世界に別れを告げ、新しい歌の世界に旅立ってゆきます。それからしばらくして、水島康貴さんも聖子さんの元を去り、ずっと紆余曲折が続き、現在に至るまで、聖子さんのさすらいの旅は続いています。でも、それは、聖子さんがそれまでの殻を破り、成長するための試練であったと思います。実際に、この曲の後も、聖子さんは数々の名曲を私たちに届けてくれました。これからも、たとえ安住の地はなくても、その時々の等身大の聖子さんの姿、歌声を私たちの前に披露してほしいと願っています。

 私の個人的な思い出をいえば、この曲が発売されたときは、ちょうど、今の妻と結婚を決意した頃でした。聖子さんのさよならを告げる歌声が、「もうあたしのことはいいから、これからは奥さんを大切にしてあげて」と語りかけているようで、とても寂しかったことを思い出します。そのころちょうど公式ファンクラブが結成されましたが、なかなか入る気がしませんでした。聖子さんが好きで好きでしかたなかったけど、現実の世界の伴侶である妻を、なによりも大事にして生きてゆかねばならない。今にして思えば、聖子さんがまるでそのことを知っていて、この歌を歌うことによって、私の決意を応援してくれたように思われてなりません。

 

シール

 土砂降りの雨に打たれながら、聖子さんは、恋人に別れの言葉を告げます。もう彼氏との重苦しい日々は終わり。今日から自由。雨が彼との思い出すべてを洗い流して行くようです。しかし、街の中は、そこらじゅう彼との思い出の場所だらけ。通るたびに彼氏への思いがよみがえってきます。それは、どんなに雨に打たれても、傷ついてもはがれないシールが張られているようです。

 この曲の特徴は、聖子さんの二つのボーカルの重ね合わせです。私には二人の違う聖子さんが歌っているように聴こえます。ひとりは彼と別れたい聖子さん、もうひとりは、彼氏と別れたくない聖子さん。まるで二人の聖子さんが戦っているようです。後半のサビのところとか、とても心が苦しそうに歌っています。傷ついて、雨でずぶぬれになってゆく聖子さんが本当にかわいそうです。

 恋人と別れそうなとき、どうなるかを決めるのは、結局、二人でいることの苦しさと、それまでに積み上げてきた楽しい思い出とのバランスだと思います。楽しい思い出が多ければ、やり直そうということになるし、そうでなければ、別れることになります。だから、今、恋愛中の人は、とにかく少しでも多く、恋人と楽しい時間を過ごしてください。それが、あとで、苦しくなってきたときの貯金になります。いざ別れようというときに、一瞬の間に楽しかった思い出がよみがえってきて、やっぱり別れたくないという気持ちになります。

 この曲の聖子さんは、気が強い分、ちょっと辛抱が足りなかったような気がします。別れの言葉を言う前に、もう一度、彼氏と最後のデートをしていれば、街中に張られたシールに気がついて、きっと、別れなかっただろうと思います。

 若いころの私にとって、梅雨の季節は、失恋の季節でした。3月から4月ごろに恋をして、だいたい梅雨のころに振られていました。だから、雨の日に振られるというのは、私にとっては、やけに現実感のある話です。ひょっとしたら、私を振った女の子達も、この歌の聖子さんのような気持ちだったのでしょうか。もし、そうだったらかわいそうだけど、でも、ちょっとでも自分のことを思っていてくれたのだから、すこしうれしいです。

 

星よ流れて

 聖子さんは、毎日のように夜空に向かって流れ星を探し、願い事をかけています。願い事がかなって嬉し涙を流すことを夢見ながら。

 恋のために流れ星に願いをかけるというストーリーなのですが、正直いまひとつ現実感が乏しいと感じます。でも聖子さんが、特に後半部分を歌でがんばっていますので、それに引きずり込まれて、なんとなく納得してしまいます。宇宙の広大な広がりと、それに匹敵する恋心の強さ。その二つを結びつけることには成功していますので、まあこれでいいかなと思ってしまいます。聖子さんの歌声は、宇宙の広さに負けていません。

 私はこの曲の編曲、特に前半部分があまり気に入りません。エキゾチックな印象ですが、あまり曲のテーマに合っていないような気がします。なにか手品師のテーマ曲みたいです。でも、もしかしたら、聖子さんは、はるばる外国の砂漠まで星空をみにきたのでしょうか。

 

Sands, stars & tears

 聖子さんは、恋人から衝撃的な言葉を聞いてしまいました。あまりの悲しさに涙が出るどころか、笑みを浮かべてしまいます。もう一度、ふたりの愛を確かめたい。聖子さんは、恋人をだれもいない夜明けの海岸に誘います。砂浜で恋人とくちづけを交わし、何度も抱きしめ合うと、まるで、胸の中にある悲しい涙が、星や砂によって浄化されていくようです。もうすぐ夜が明ければ、きっと悲しみを乗り越えて、ふたりは再び強く結ばれることでしょう。

 聖子さんのこれまでの曲とは、ずいぶん印象が違います。いわゆるガールポップではなく、大人の歌謡曲です。でもこれは、れっきとした聖子さん作曲の曲なのです。新しいテーマに挑戦してゆこうという意気込みが感じられます。このアルバムの出た時期は、聖子さんは自分の実際の年齢より年下の曲を歌っていたと思います。この曲でやっと聖子さんの本当の年齢に歌が追いついたといえるのではないのでしょうか。

 言葉やまごころではなく、体の結びつきによってこそ、本当の愛を確かめることができるという、この曲の主題は、とても説得力のある力強い主張であると思います。聖子さんも、これから年を重ねるにしたがって、その場の感情を描写するのではなく、愛とは何かとか、大上段に振りかぶったテーマに挑戦すれば、新たな魅力が出てくるのではないでしょうか。

 

一緒にいよう

 聖子さんは、最近恋人ができたばかり。デートのときは、胸が痛くなってくるほど幸せ一杯です。でも時々心によぎってくるのは、いつかわかれてしまうのではないかという不安。そんな気持ちを振り切って目の前の恋愛に集中しよう、ずっと未来まで一緒にいよう。聖子さんはそう願います。

 「恋を恋を恋を〜」サビの部分にヒットするかどうかの全てをかけた曲。ごていねいにもシングルのジャケットには、サビの部分の歌詞だけ表に印刷してあります。この曲が発売される半年くらい前、当時同じ事務所の久宝留理子さんが「あいあいあいあいあいしてると〜」の歌詞でブレイクを果たしていました。この曲はその影響をまともに受けています。そこが少しいやなところです。

 初期の元気なハイトーンの歌声が最後に聞ける曲ともいえるかもしれません。西脇唯さん、間瀬憲治さん、水島康貴さんのトリオの最後から2番目の曲。このあと、聖子さんの歌声は徐々に変わっていきます。それが気にくわないという意見をお持ちの方もいらっしゃいますが、実際はどうなのでしょうか。私はやはり、このトリオによる曲作りは、そろそろ限界に近づいていたのではないかと、当時から思っていました。

 「PAIN」「Jasmine」「空にキスをするように」とシングルを続けてきたなかで、少しこの曲は単調な気がします。はっきりいって切なさが足りない。曲はとにかくサビの部分に全てをかけていますし、歌詞はとてもわかりやすく、抽象的になっています。全てセールスのための努力であることは、わかるのですが。

 悪口ばっかり書いてしまいましたが、聖子さんは、とても元気にクリスタルな声を聞かせてくれています。もうそれだけで私は十分です。思い出もいろいろありますし。カウントダウンTVで初めて聖子さんをブラウン管でみたこととか、この曲のキャンペーン中に直接聖子さんと会って、話をしたこととか。

 

Heatbeats groove

 恋する二人は、今まさに結ばれようとしています。でも、何かしら燃えてくるものがありません。二人は、互いに相手の胸に手を当てて、どくどくする心臓の鼓動を確かめ合います。それは確かに二人の愛情の証。燃えてくる気持ちの高まりを楽しみながら、二人はやがて結ばれます。

 曲としては、どきどき感、わくわく感たっぷりでいいんですが、はたして聖子さんに歌わせてよかったんでしょうか。なんかこの曲一曲だけ、聖子さんの歌の世界から孤立しているように思えます。聖子さんの男歌は、これひとつだけですし。どうせやるんだったら、女性の立場から結ばれる歌にしたほうが、聖子さんの女性らしい新たな一面を見ることができたのにと思うと残念です。

 この曲を聞くと私も初体験の時のことを思い出します、なんて文章かけるわけがありません。30過ぎたおっさんが。でも、作詞作曲者の馬場さんは、自分のライブでこの曲をやってるんでしょうか。もしやってたらすごいですね。やはりプロは違う。

 やっぱり結婚式でこの歌をカラオケでやったらヒンシュクを買うと思いますよ>HAWKさん

 

恋をするなら

 恋に夢中の聖子さん。彼と二人きりのときは、夢の中にいるような気持ち。一人きりのときも、ウキウキした気持ちで、目を閉じれば、彼の姿が浮かんできます。そして、夢の中にも彼の姿があらわれ、目がさめても、夢かうつつかわからない状態。本当にどうかしてしまっている聖子さんですが、恋とはそんなもの。今日も明日もあさっても、夢中で恋を追いかけつづけます。

 聖子さんの隠れた?ヒット曲。その魅力は、過去のスタイルやこだわりを捨て、自由奔放に、愛することの喜び、歌うことの楽しさを表現しているところにあると思います。

 過去のスタイルとは、西脇唯さんに代表されるような、ドラマ性の強い歌詞。状況に現実感を持たせ、楽しさ哀しさを表現するには、有効な手法ですが、反面、歌詞が難解になったり、あまりにも状況が特定されたりして、素直に感情移入しにくい面があったと思います。その点、この曲では、だれでも経験のある、恋に夢中になるときの様子を、素直に表現していますので、どんな人でも歌の世界にスッと入っていけるのだと思います。恐らく聖子さんも、自分の過去の恋愛を思い出して、ありのままの自分をそのまま歌にぶつけることができたのではないでしょうか。

 過去のこだわりとは、ハイトーンボイスに関するこだわり。このこだわりは、歌手として大事にしてほしいですが、無理をしすぎるのも考えものです。この曲では、とても自然に高い声が出るようになっており、自然体のクリスタルボイスが味わえます。

 また、編曲も、自由奔放さを強調するような、70年代フォークソング調になっていて、曲に本当にぴったりです。

 なんだか、評論家のような文章を書いてしまいましたが、私が本当にいいたいのは、そんなことではありません。この曲は、だれにでも親しめる、聴くだけでウキウキしてしまう、佐藤聖子を代表する曲のひとつなんです。ファンの人は、みんなよく知っていて、この曲が好きだという人も多いはず。そして、もちろん私にとっても、大好きな曲のひとつです。

 

空にキスをするように

 冬の街角を、聖子さんは、密かに恋をしている男性と一緒に歩いていました。すると突然、横から別の女性が現れて、聖子さんを無視して、彼と二人で先にスタスタと歩いていってしまったのです。熱い思いがこみ上げてきた聖子さんは、彼らを追い越していきます。そして過去の失恋を思い出して、不安になりながらも、今度こそ絶対この恋を自分のものにするのだと誓います。空にキスをするように天を仰ぎながら。

 この歌の心は、本当は、一人の人に一途な恋をするというよりも、まだ見ぬ永遠の恋人を夢見ながら、恋人のいない寂しい現実に打ち勝つというところにあるのではないでしょうか。歌詞の内容は、聖子さんが彼を思う心よりも、むしろ過去の失恋の記憶、現在の不安な気持ちが強調されています。この状態は、恋をしているというよりも、むしろ、恋に恋してるというべきだと思います。「空にキスをするように」という表現は、聖子さんの愛情が、現実の彼よりも、聖子さんの心の中にいる、いつの日かめぐり合える永遠の恋人に向けられていることを示しているように思われます。

 私は、この曲を聴くと、20歳くらいの頃、人恋しくて、恋人たちであふれた真冬の横浜の街を、あてもなく歩きまわったことを思い出します。

 ライブでは、どこかの学園祭の時の光景が、心に残っています。曲の最後で聖子さんは、独特の回り方でくるっと後ろを向き、ステージの上から差し込む光を仰ぎました。その光景は、とても美しかったです。

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